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読みたい資料を、言語の壁だけで諦めてほしくない

8 分で読了Freed
灰色の丸い頭をした線画の小さな人物が、手書きの iSomor の文字がある緑の道を進み、文書の入口に向かう。

ちょうど必要としていた資料が見つかる。研究に関係する論文かもしれないし、技術的な問題を説明するマニュアルや、参考になる設計案かもしれません。

何かを探していたわけではないこともあります。たまたま見かけた論文のタイトルに引かれたり、誰かが紹介していた見解を読んで、著者が実際にどう述べているのか知りたくなったり。

続きを読みたい。けれど、その資料はあまり慣れていない言語で書かれています。

まったく読めないわけではありません。翻訳を使えば、少しずつ理解できるはずです。ただ、読み終えるには余分な時間が必要で、資料と複数のツールを行き来しなければならない。そこでファイルを保存し、あとで読もうと思う。そのまま置き去りになり、二度と開かないこともあります。

この余分な負担を数値で捉えようとした研究もあります。2023 年に PLOS Biology に掲載された研究は、8 か国の環境科学研究者 908 人を調査しました。英語論文を 1 本だけ発表した研究者について、英語習熟度が中程度・低い国の英語非母語話者は、母語話者に比べ、英語論文を読むのにそれぞれ約 47%・91% 多くの時間を要すると推定しています。研究論文

調査が行われたのは 2021 年です。今のすべての読者を代表するものではなく、ダウンロード後に読まれなかった割合を調べたものでもありません。それでも、別の言語で読むことに伴う負担を考える、一つの具体的な手がかりになります。

iSomor によって、言語の難しさを理由に読むことを諦める人が少しでも減ってほしいと考えています。読むかどうかは、何語で書かれているかより、その内容を知りたいかどうかで決められるはずです。

訳文があっても、読書は途切れる

文を慣れた言語に置き換えれば、難しさの一部は解消できます。しかし、それだけで文書全体をスムーズに読めるとは限りません。

表の数字は、列の見出しと一緒に見る必要があります。図のそばにある説明が、本文のわかりにくい箇所を補っていることもあります。翻訳によってこうした関係がばらばらになると、読者はもう一度探し、対応づけ直さなければなりません。これも、翻訳後も元のレイアウトを残す価値がある理由です。

別の中断もあります。文の意味はわかるけれど、元の意味が保たれているか確信が持てない。条件が一つ抜けていないか、ある専門用語は自分が思っている意味で使われているか。原文に戻って確かめる必要が出てきます。

ここで読者が向き合うのは、言語だけの問題ではありません。情報を整理し、文脈を取り戻し、意味を確認する負担も加わります。理解に向けたかった注意が、その準備に割かれてしまうのです。

私たちが減らしたいのは、この不必要な手間です。読み始めやすく、読み続けやすくしたいと考えています。

AI が読書を助けてくれる今、なぜ原文を読むのか

長い文書を前にしたとき、今は AI に要点を整理してもらったり、難しい段落を説明してもらったり、関心のある問いに沿って情報を探してもらったりできます。さらに何を問うとよいか、一緒に考えることもできます。こうした支援は読む過程全体に関わるもので、資料を短くするだけではありません。

すると、自然な疑問が浮かびます。直接質問し、何度も聞き返せるのなら、なぜ自分で原文を読む必要があるのでしょうか。

一つの情報を探すだけなら、回答を得ることで目の前の目的を満たせるかもしれません。しかし、ある見解を理解したり、方法を学んだり、それをもとに判断したりしたいとき、回答を受け取ることと理解することは、やはり同じではありません。

たとえば、論文の手法がなぜ有効なのかを AI に尋ね、続けてその限界を聞くことができます。AI の説明は、問題に入っていく助けになります。一方、該当する節に戻れば、その説明を著者の論証と並べて読めます。具体的な証拠は何か、議論はどうつながっているか、結論の範囲は自分の理解より狭くないか。原文を読むのは、AI の誤りを確認するためだけでなく、ある主張がどう支えられているかを見るためでもあります。

読み進めるうちに初めて生まれる問いもあります。ある例から自分のプロジェクトを思い出したり、注記によって数字の捉え方が変わったり。AI も新しい問いを示せますが、AI が示した手がかりだけが唯一の道である必要はありません。どこが自分に関わり、どこで立ち止まりたいかは、一度の問答だけで決まるのではなく、読む中で自分でも見つけられます。

AI を使うことと自分で読むことを、二者択一にする必要はありません。まず整理や場所の特定を手伝ってもらい、該当箇所を読む。わからないところがあればまた質問し、文脈に戻る。すべての資料を一字一句読む必要はありませんが、深く理解し、引用し、判断する必要があるとき、原文には一つの要約や数回の回答だけでは代えられない役割があります。

原文を読むとは、翻訳を使わず、慣れない言語を無理に読むことではありません。訳文を通して資料そのものを読み、疑問があれば元の表現と照らし合わせることも、原文に近づく方法です。私たちは AI に、この過程の言語的な負担を減らしてほしいと考えています。原文が読みにくいから整理された回答だけで終わるのではなく、読みたい人がその先へ進めるようにするためです。

読みやすくなることは、考えなくてよくなることではない

資料が翻訳されたからといって、理解されたことにはならないと私たちは考えます。文がすらすら読めるようになっても、これは自分の知識とどうつながるのか、目の前の問題を理解するのにどう役立つのかを考える必要があります。

読むときの苦労は、すべて同じところから生まれるわけではありません。単語を調べ、ツールを切り替え、さっき読んでいた場所を探す苦労もあれば、未知の概念を理解し、二つの説明を比較し、自分の考えを見直す苦労もあります。減らしたいのは前者であり、後者に力を使えるようにしたいのです。あらゆる苦労を、なくすべき問題として扱うわけではありません。

たとえば、報告書がある案を「より効率的」と評価していたとします。内容を理解しても、評価しているのは速さなのかコストなのか、自分が重視しているのは正確さ、保守のしやすさ、使い勝手ではないか、と考える必要があります。比較が妥当でも、それが答える問いと自分の問いは同じとは限りません。知識を学習や仕事に生かすには、結論を受け入れるだけでなく、自分の必要との関係を理解することが求められます。

原文に戻れば、その主張が必ず正しいというわけでもありません。証拠は十分か、推論は妥当かを判断する必要があります。知らない分野なら背景知識を補ったり、別の資料と比較したりすることも必要です。証拠が足りないところでは、すぐに賛否を決めず、判断を保留してもよいのです。

記事を読んでも、すぐ使える答えが得られないことがあります。その代わり、最初の問いが広すぎたと気づいたり、重要な情報が一つ足りないとわかったりする。それを成果のない読書と考える必要はありません。まだ何を知らないのかがわかることも、次の学びの出発点になります。

AI は、概念を説明し、手がかりを整理し、別の考え方を示すことで、この過程に参加できます。ただし、訳文も AI の回答も、確認し、問い直してよいものです。私たちは、流暢な回答が思考の終点になるのではなく、ツールがよりよく考えられる条件を整えることを望んでいます。

iSomor は、一つの PDF から始める

現在はテキスト主体の PDF を対象に、翻訳、原文との比較、訳文の書き出しを提供し、文書の元の構成をできるだけ残すことに取り組んでいます。いずれも、外国語の資料を理解し、確認し、その先の学習や仕事で使いやすくするという同じ必要に応えるものです。

これですべての読書の壁がなくなるわけではありません。専門用語、複雑なレイアウト、特定の文脈は、なお問題になり得ます。重要な内容には確認が必要です。「翻訳完了」で、その一歩を置き換えたくはありません。

その資料を読む価値があるかどうかを決めるのは、あなたです。本当に読みたいと思ったとき、別の言語で書かれているという理由だけで「あとで読む」フォルダーに残してしまうことがないようにしたい。それが私たちの願いです。